30年+前に卒業した音楽高校出身の私であるが、本当にいいカリキュラムで音楽を勉強できた。専門をオーボエで専攻していたが、専門以外の副課の声楽とピアノが必修で学べた。そのほかにも合唱、ソルフェージュ、新曲視唱、聴音、記譜、楽典、音楽史など、必要な事は学べた。高校生は卒業できたが、実は他の学生が学んだ様な国語、数学、理科、社会、英語などは、最低限しか勉強していない。一学年30人が定員だったが、その人数に満たないことも多く、特に男子は5人前後の学年が多かった。
音楽を学ぶ為に、音楽大学を進学する為に在籍する学校だったが、大学在籍中に進路変更を考える人もいたし、普通高校を卒業してから、もう一度この音楽科に入り直す生徒もいた。ちょっと残念だったのは、楽器の演奏はソロに重視を置いていて、あまり室内楽を楽しめなかったこと。個人の実力やレベルの差もいろいろあって、一緒にやることが難しかったこともある。楽器の編成に偏りがあるので、オーケストラなどは全く編成不可能だった。
その後一年のブランクを経てウィーンに留学することができたが、そこで助かったのが高校時代の音楽教育だった。ドイツ語を使わない要するに楽譜というユニバーサル言語に関する物は、ほとんどテストで合格点をもらい、単位のクレジットをもらえたのだ。その浮いた時間は自分の練習に当てられたし、友達と遊びながら言語を学ぶ時間にも当てられた。5年間のバチェラープログラムは3年で終えることができ、次のマスタープログラムの単位も、次の3年で取ることができた。語学という壁は本当に厚く、口頭試験だったから、誤魔化しも効かず、何度も追試になって、雪の中を泣きながら帰った事は忘れることがないだろう。ここでも副課ピアノは3年だけ必修だったが、実際取る必要は無かった。でもまだまだ自分のピアノに不満が多かったので、ある学内の先生を紹介していただき、6年間勉強させてもらえた。授業料は余分に掛かっていない。この先生のおかげで、今私はピアノを教えることができていると思う。(実質、単位数も、ピアノ科専攻と同じになった)ポーランド人で、ショパンの生まれ故郷で有名なワルシャワからアメリカへ渡り、ジュリアード卒業後、ウィーンのその学校で教えていた。お互いに第2?第3?外国語だったのでレッスンの内容を理解するのに苦労したが、彼女は不機嫌だったことが一度もない、とても優しい褒め上手な先生。Wiedner Zajak 先生というピアニスト、彼女はパフォーマンスの機会をたくさん作ってくれて、彼女の室内楽のコンサートでは譜めくりをさせてもらって、新しい曲にもいろいろ挑戦させてもらえて、自分の限界だと思っていた壁をいくつも壊してくれた。当時(多分今も)ヨーロッパの学校は大学まで全てフリーだった。アメリカ人と日本人だけ年間350ドル払うことになっていたが、どの学科も受講することができた。この金額は、ニューヨークの大学の先生に個人レッスンを受けるとしたら、実にたった2回分のレッスン代にしかならない。私はこの授業料で、週に3回のオーボエのレッスンを受け、週に1回のピアノのレッスンを受け、その他の学科を全部カバーすることができたのだ。国が文化、教育を支えるというのはこのレベルで行うこと。あまり熱心に勉強している様に見えない私に、先生は「君たちに1000万円年間に国が補助しているという事は分かっているね?」と、嫌味をよく言われた。
前置きがいつも通り長くなったが、ヨーロッパ、アメリカの夏休みはなんと6月から9月までのまる3ヶ月。そして冬休みは2月まる1ヶ月。学校は実質8ヶ月しか行っていない計算になる。でもこの長いお休みこそが、さらに学びの時間なのだ。夏季講習会という名で、どこの学校も有名な先生方を看板に講習会を行なっている。日本へ里帰りする飛行機代と、この講習会へ参加する費用がほとんど一緒だったので、一年おきに日本でコンサートをするか、講習へ参加するかを選んでいた。実は私の両親は夫婦で銀行員だった頃に知り合って結婚した二人で、「教育は投資=リターンをマックスにすれば全てよし」という様な考えだったので、私にまとまったお金をくれて、その金額を好きに使って学べと言った。普段は週3回のスパルタレッスンが8ヶ月続くが、これはまさしく職業訓練校。どれだけ早く性格に仕上げるかという訓練をさせられる。そして夏休みは1ヶ月丸々練習するなと言われる。でも、やはり知りたい欲というのは抑えられないこともあるのだ。ちょっとお高い夏季講習会へ参加して、(2週間で5年分の大学の授業料くらい払った気がする。でも日本からの参加者は旅行代理店を通してそのさらに10倍くらいのお金を払って参加していた)陸続きをいいことに、いろんな先生のところへ通うことができたのも幸いだった。
アメリカに来てからも、持っていた単位もほとんど還元できたので、編入試験も意外に簡単で授業料は外国人枠のマックスをもらえたが、流石にピアノのレッスンは働く時間を確保したいのと、ピアノを買うお金もなかったので、やめてしまった。ピアノや楽器をを音楽教室で定期的に教え始めたのもこの頃から。そしてまたアメリカならではのサマーキャンプの存在を知る。こちらはヨーロッパの時とは全く反対で、サマーキャンプは本当に安い値段でみっちり学べるプログラム。奨学金のサポートが多いのだ。プロを目指している子供達が集まるところもあれば、アマプロの交流会の様なキャンプもある。たくさんのボランティアが、メインの教授を助けてホテルや宿泊施設の準備をして、生徒を受け入れる。
サマーキャンプのいいところは、とにかくいろんな普段出会わない様な人たちと交流をして、刺激を受けること。いつもの先生も、他の生徒と接するときは自分の知っている先生とは違った視点から教えたりする所が見えたり、自分以外の人がレッスンを受けるのを見るのは自分を客観視する訓練にもなる。教える時にも当時の事が蘇る。あまりの情報の多さに、自分軸を見つけないとどちらにも動けない様な感覚になるのだ。ノースキャロライナのJohn Mack 先生のオーボエキャンプは、とにかく凄かった。100人近い参加者のうち10人はすでにプロ、10人はセミプロ、5人は10代の早熟なプレーヤー、15人は大学生、10人は楽譜屋さんと修理屋さんとその家族、30人は30ー60歳ぐらいまでのアマチュアプレーヤー、残りの20人子供からおじいちゃんお婆ちゃんまで、その参加者と一緒にバケーションを過ごす聴講生。みんな、ほとんどがリピーターだった。音楽の関心というか、オーボエファンの年齢の層の厚さを実感した。他の楽器のアンサンブルを見られるキャンプもある。他の楽器の先生のサマーキャンプのレッスンを聴講したこともある。音楽三昧!終わる頃には、自分の視界がちょっと広くなる事を感じるのはなぜだろう。目の位置が1インチ高くなった様な不思議な感覚。
こんな学びや刺激一杯のキャンプをみんなに経験してほしい。でも泊まりがけで家を離れるのは若い子たちには無理だから、せめて教室内や、コミュニティー内での交流会になればいいなと思い、サマーキャンプを計画。今年で3年目になる予定だった。。。
残念ながら、今年は中止になりそうです。。。