自分が変われば周りも変わる

うちのVitamin姉妹はとてもマイペース。

 

今年を抜いた毎年の日本の里帰り中実家に帰っても、自分たちのペースは全く変える事なく、爺婆を悩ませ、そして振り回されて不機嫌になる爺婆と、その間に挟まる私を悩ませる。

 

 

 

 

大勢の集団生活で秩序を守る、食事の時間、就寝時間、外出の時間、勉強の時間、お風呂の時間、それは限られた空間の共有だから、どうしても必要。

 

うちに限っては、もうそれは無駄な抵抗。

起きなさい、食べなさい、着替えなさい、シャワーしなさい、片付けなさい、宿題しなさい、寝なさい、、、。

それをやろうと思ったら、自分も相手も疲れ果てることになるので、10歳で自我確立説を勝手に信じている私は、6年生(ミドルスクール)に入ったら一切の注意を辞めた。宿題をやっていなくても、先生に呼ばれるまで、放っておいた。

でも、1日一つだけは、強制的にやらせた。

 

コロナで、スケジュールが殆どない時期はま言うペースが加速した。

もちろん1人暮らしというわけには行かないから、私の仕事の空間と時間だけは優先させてもらった。それ以外の空間と時間は彼女たちの自由のもの。

 

その中で、ふとすると2人の行方(小さな家なのだが)が気になる。彼女たちの脱ぎ捨てられた服を拾い、洗濯物を拾い、食器を片付け、野菜の切れ端を拾い、鍋を洗い、買い物の注文を受け、とにかく全ての尻ぬぐいをして1日の大半が無意識に消えてしまう日がある。

 

こんな事はもう沢山!

ルーティーンを決めて家事をするのは強制的になるから、やる気を削ぐ。自分の性格上、常に楽しくやる気になった事しかやりたくない。2人とも家にいるのに、なぜ学校に行っていなかっと頃のように私が全部やってあげるのだろうと言う疑問が、私の心を曇らせる。

(あ〜私に似ているのだ、、、あの2人は)

 

ルーティーンは苦手だから、時間だけ区切ることにした。

 

『私は私の時間を守る』=『自己投資の時間を朝晩2時間ずつ設ける』

 

その間は注文を受けない。

呼ばれても、今は出来ないと断る。

 

そして、私は晴れて仕事以外に自分を守る時間を作った。

そして、その果てには私は笑顔。

そして、家族は、もちろん私がご機嫌な方がいい。

 

夫は全くその点、見習うべき人。自分で自分の規律を立てて、実行するタイプ。

早寝早起きがいいとされたら、それをする。自他共認める、”王道を行く”人。

仕事場へは多分人より早く入り、家族が「週末どこかに行きたいな〜」と思っていても、「ゴルフに行く」と決めているから、自分のペースで寝て起きる。食事も然り。

 

「同じ釜の飯を食う」のが家族だと言い聞かされ、食べたいものが食事に出なくとも食べるのが当たり前だった、日本の子供時代。学校給食も同様。

家の中では日本語しか使っていない、納豆、味噌、醤油は切らせないようにしている我が家なのに、残念ながら「同じ釜の飯を食う」この習慣は週に数回しか実行されない。

 

 

今は、コロナで家にいるのが当たり前。家の中でより楽しく過ごそうとするのは当然のこと。相部屋の2人に、今日嬉しい変革が!

いつも算数を2人でやる時間があるのだが、

「今日は部屋を片付けるので、算数はお休みしていいですか?」

だって!

 

今まではどんなに汚くても、片付けを促しても「私はこれが好きなの」と言い放っていた2人。

流石にこの部屋では暮らせない、、、となったらしい。

いつまで続くか見もの。